クリニックを開業するときに、開業医の悩みの1つとなるのが、健康保険についてです。開業医が加入できる健康保険には、国民健康保険と医師国保の2種類が存在しており、開業をする際にどちらに加入をすればいいのか、判断が難しいポイントとされています。
本記事では、国民健康保険と医師国保の違いについて、メリットとデメリットを交えながら解説をしていきます。自院の状況に適した保険を選ぶための参考にしてください。
開業医について
まず、本記事の対象となる開業医とは、自分で病院や診療所などを経営する医師のことを指します。開業医にはおもに2つのパターンがあり、自分で1から病院づくりをスタートする「新規開業」と、親族や第三者から病院の経営を引き継ぐ「承継開業」の2パターンがあります。
2020年の厚生労働省の医師・歯科医師・薬剤師統計によると、病院・診療所の開業医の数は7万7,728人で、開業率は24%でした。
ちなみに、開業率とは、開業医÷医療施設に従事する医師数で算出される値です。
国民健康保険とは
国民健康保険とは、自営業者や農業・漁業従事者などが加入する医療保険です。私たちが住んでいる都道府県・市町村や、国民健康保険組合が運営をしています。
国民健康保険は、医療分、支援分、介護分の、大きく3つの要素で構成されています。40歳までは医療分、支援分のみで構成されていますが、40歳以降にはそこに介護分も加わる仕組みです。
医療分
医療分は、医療費の財源にあてられます。国民健康保険では加入者の医療負担は3割ですが、残りの7割は、この医療分から支払われています。
支援分
支援分は、後期高齢者医療制度を支援するための保険料です。安定した財源を確保することで、高齢者が安心して医療を受けられるようにしています。
介護分
介護分は、介護保険制度の運用にあてられる費用です。自身も含め、世帯に40歳以上の人がいる場合のみ納める必要があります。そのため、40歳以上になるとこれまでと同じ収入でも、保険料が増額します。
加入資格
国民健康保険の加入対象者は日本国内に住所を有する方かつ、他の医療保険に加入していない、生活保護を受けていない、後期高齢者医療制度に加入していない、短期滞在在留外国人ではないという条件を満たす方です。
保険料
国民健康保険の保険料は、収入や地域によって変わります。
東京都新宿区の40〜60歳以外の保険料を、例として見ていきましょう。
総所得金額が100万円の場合の年間の保険料は11万4,763円、総所得金額が300万円の場合の年間の保険料は30万6,563円、総所得金額が500万円の場合の年間の保険料は49万8,363円となります。総所得金額に応じて、年間保険料も増えていく仕組みなのです。
ただし、総所得金額が900万円を超えると、年間の保険料は87万円の一律になります。
次に、同じく東京都新宿区の「40〜60歳」の保険料を見ていきましょう。
総所得金額が100万円の場合の年間の保険料は14万938円、総所得金額が300万円の場合の年間の保険料は36万7,738円、総所得金額が500万円の場合の年間の保険料は59万4,538円となります。40歳からは「介護分」の保険料が加算されるので、前述した40〜60歳以外の保険料よりは割高になります。
ただし、総所得金額が950万円を超えると、年間の保険料は104万円の一律になります。
医師国保とは
医師国保とは、各都道府県の医師会が主体となって運営している国民健康保険です。
地域ごとに「〇〇県医師国民健康保険組合」といった名称になっています。医師会の運営組織によって、保険料や給付内容、分類、加入基準が異なります。加入を検討するときは、該当地域の医師国民健康保険組合について事前に条件を確認しておきましょう。
加入資格
医師国保の加入対象者は、地域の医師会または大学医師会に所属する医師とその家族および従業員です。ここでいう従業員は、看護師などの医療関係者や受付、医療事務などの職種の方を指します。
パート従業員の場合は、勤務時間や勤務日数が基準を満たしていることが加入の条件となります。
該当医師が開業している地域、もしくは通勤圏内の指定された近隣都道府県での勤務にのみ限られます。
ただし、医師国保の分類や加入基準は、医師会によって異なるので、詳しくは所属する医師会に問い合わせるようにしてください。
注意点としては、医師国保は「従業員5人未満」の「個人事務所」の事業主とその従業員、大学医師会勤務医が対象であることです。そのため、開業医でも、事業所を法人化している場合や従業員が5人以上いる場合には、社会保険に加入する必要があります。
勤務する医療施設の選択基準にもなるので、医師以外の職種の医療従事者の方も、医師国保についての知識を身につけておく必要があります。
保険料
医師国保の保険料は、収入によって変動するのではなく、種別・年齢毎に定められている一定額を納めます。そのため、年収が上がったとしても保険料の負担が増えることはありません。
具体例をみていきましょう。たとえば、医師が40〜64歳の場合、2023年7月時点での保険料(医療保険料+介護保険料)は以下のようになります。
医師自身(組合員):3万2,500円+5,500円=3万8,000円
従業員(准組合員):1万8,500円+5,500円=2万4,000円
家族:1万2,500円+5,500円=1万8,000円
また、通常の健康保険と同様に、医療費の一部負担軽減や各種検診があり、さらに、高額療養費の一部払い戻しや出産一時金の支給もあります。
メリット
医師国保のメリットは、主に2つあります。
1つ目は、保険料が一定であるということです。勤続年数や勤務形態によって収入が増えたとしても、保険料は変わりません。そのため、収入に応じて保険料が高額になっていく国民健康保険と比較して、割安になるケースもあります。
2つ目は、事業主の負担が無いということです。クリニックを開業する際には多額のお金がかかるので、事業主の負担が無いのは大きなメリットといえます。
デメリット
医師国保のデメリットは、主に3つあります。
1つ目は、自家医療は全額負担という点です。通常では医療費は3割負担ですが、勤務先の医療機関にて診察を受けた場合の費用は、全額自己負担となります。
2つ目は、世帯人数全員に保険料がかかるという点です。医師国保には、扶養という概念がありません。そのため、世帯人数毎に保険料を支払う必要があります。単身者にはメリットともいえますが、世帯人数が多い場合には国民健康保険の方がお得になるので、医師国保に加入し続けることはデメリットとなるでしょう。
将来家族が増える予定のある方は、保険料を事前にシミュレーションをしておくことをおすすめします。
3つ目は所属する医師会によっては医師国保が存在しない都道府県があるということです。医師国保への加入を考えている場合には、まずは所属する医師会に問い合わせてみましょう。開業を検討する地域の判断材料にもなります。
違いを見極めて選びましょう
いかがでしたか。国民健康保険と医師国保には、加入資格や保険料などに違いがあることがわかりました。
医師国保を選ぶことには、保険料が一定であることや事業主の負担が無いなどのメリットがあります。一方で、自家医療が全額負担であったり、世帯人数が多いと保険料も割高になるといったデメリットもあります。
ご自身の現在の状況や将来のライフプランを見極めて、慎重に選ぶことが大切です。